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辞めるか辞めないかで悩むとき

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「辞めるか辞めないかで悩んでいて毎日が辛い・・・。」

こんなこと、あります。
「どうしよう、やめようかな」と考える自分を自覚し始めると悩みは重くのしかかり、毎日明けても暮れてもそのことばかり考えて憂鬱は止まりません。
この苦痛は学校や仕事に限らず、クラブ活動や恋愛関係についても辞めるか続けるかに悩むときに生まれるものとして考えてみます。
以下、決断するまでの辛さから這い上がるために心に留めておくとよいかもしれないことたちです。

  • 1  悩む時間にけじめをつける:
  • 悩みっぱなしではいたくないのにも関わらず、悩み考えることをやめるとそれはそれで罪悪感が出てきたりします。決断を迫られているのに呑気にしている奴は罰当たり者だ、というスキーマがあるためでしょう。 しかしこれは自分が設置した檻であることに気付いてください。仮に決断の締め切り日が決められていたとしても、そこまでの間出血するのではないかというほどに悩んで自分を縛り上げる必要はないです。
    自分が作り出したいものは「納得のいく正しい判断をすること」ですので、優先順位をひっくり返しては勿体ないことになります。
    いつもなら楽しめていることや時間が悩むことに削られ続けると暗い思考にばかりなびいてしまい、すると尚更正しい判断なのか自信がなくなってきたりします。 例えば夜8時から9時までの間に集中して悩むことにするといったスケジュールや、9時から10時までは何があってもそのことを考えない休憩時間にするなど悩む時間に区切りをつけます。集中力の配分を上手にすることで悩みの要点を把握・整理する問題解決能力が上がります。

  • 2  自分の人生をコントロールする感を強める:
  • 人の悩む気持ちを想像する力のない人は、「やめる」という言葉を誰かから聞いたとき、その人をあたかも敗者としたり、やめることを逃げの行為だと取ったりします。実はこの他人からの評価およびレッテル付けが恐怖となり、やめることを躊躇してしまうことが多くあります。
    ただ、気付いて欲しいこと・・・物事を続けるのには忍耐力が要りますが、やめることを決めるのにも勇気が要るのです。
    これを理解していない他人を主本にすれば、辞めの決断はイコール敗者とか逃げとかいうラベルを自分に貼ることになりますが、辞めようが辞めまいが、個人の決断は危機管理能力あるいは状況判断能力として捉えてよろしいのです。
    自己(個人)にとっての最良の決断は、他人には理解されることが常ではありません。しかし、自分の生きていく人生ですので、他人からの期待に応えようと執着するより自己自身への期待を課すようにしましょう。

  • 3  頑張った後には間違った決断はない:
  • 後々に「あの時ああしておけば」とは私たちが考えてしまいがちなことですが、一生懸命生きる中で自己の英知を振り絞って出す決断であり、現在のベストです。後悔の特徴については『心理学:後ろ向き思考』で説明しますが、見るのは後ろではなく前でないと鬱への入り口へ近づいてしまいますので、意識して前方を見据えることが大切です。
    辞めることが間違った決断ではない、あるいは逃げではないという自信が生まれるのはそれまでに改善の努力を試みたかどうかにかかっています。例えば学校を辞めたいという理由が学力が追い付けないというものだったとき、学習方法を変えてみたりしたか、教師含める特別な所へヘルプを求めたか、などの策を講じた上での願望であれば「やるだけのことはやった」という思考や感情が生まれます。反対になんとなく休みがちになって学習を遠ざけるようになったままで辞めるとなると、人生のうち同じような状況がやってきたときもまた尻込みしてしまうようなことになります。そうなると「自分は何とかやっていける」という自信や自尊心が高められず、失敗ばかりを感じ劣等感を育ててしまうことになりかねません。
    恋愛や結婚などの人間関係の場合では、自分だけが都合のいいように頑張ったつもりでいないだろうかの注意は必要です。相手がいることですので問題は堂々と話し合い、お互いがどういった協力をし合えば関係が回復するかに取り組めば、たとえその関係がうまく運ばなかったとしても次の新しい関係に向けて自己がしっかり育ちます。

尚、辞めたいのに辞められない、酒タバコ含む薬物・ギャンブル・虐待等不健康な関係、などでは依存症の扱いになりますので専門家の力を借りるようにして下さい。
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